競輪の映像

Hは、大した問題じゃない、60.3キロを背負っているのだから、加速が遅くなるのは当然だと受け流したが、Sの不安は消えなかった。 単に、ほんのすこし調子をくずしているといった程度の問題とは思えなかった。

調教師としてマッチレースの戦略に不安を覚えた。 17、8年もむかし、リレーレースやマッチレース用に″カウボーイ″Aの馬を鍛えていたころの経験から、Sは一騎討ちのレースには精通していた。
最初に決定的なリードを奪うことができれば、ほぼまちがいなくその馬が勝つ。 マッチレースでは、初速が勝利の鍵を握るのだ。
普通の馬が相手なら、シービスケットの初速でもじゅうぶんこと足りるだろう。 だがウォーアドミラルはどう見ても普通の馬ではなく、競馬史上でも一、2を争う出足のよさがあった。
馬の生来の走りを変えることはできない、これが競馬界の常識である。 だがウォーアドミラルに勝利するには、なかなか。
しかも、ごつくて重い身体というハンデとも闘わなければならなかった。 ロケット並みの速度で飛び出す馬に変貌させる必要があった.曲がりくねる鉄路をたどって列車が東へ進むうちに、Sは唐突に計画を変更した。
シービスケットをディキシーパンデ戦に出すのはよそう。 彼にはマッチレースの準備を重ね、馬に感じた不安の原因をつきとめるための時間が必要だった。
Vとの約束を破るのは気が進まなかったHも、Sの断固とした口調には、さすがに異議を唱えられなかった。 旅程は変更された。
シービスケットはまっすぐベルモント競馬場に向かい、対ウォーアドミラル戦に備える。 Vには、あとで埋め合わせをすればいい。

山越えで揺れる列車のスツールに腰かけて、Sは調教計画を練りはじめた。 「わしらはあいつの肩章をもぎとってやらねばならん」と彼は声に出していった。
「早々と帽子からダチョウの羽を引き抜き、剣をふたつに折ってやらなければ。 さもないとウォーアドミーフルには、引導を渡すどころか、近づくことすらできないかもしれん」それができると考える者は、皆無に等しかった。
シービスケットはニューヨークまでの旅路をほとんど眠ってすごし、起きあがったのは途中の臨時停車駅で、報道陣がドカドカと車内に乗りこんできた時だけだった。 取材相手にどう接すればいいかを心得ていた記者たちは、ニンジンをたっぷり車内にもちこみ、シービスケットはそれを、彼らのポケットからかすめ取った。
「食べ物が目に入ると、あの馬は即座に立ち上がった」とSは語っている。

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